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粟野公民館と緩やかなコミュニティ
先日、粟野地区に住む方から「公民館とコミュニティセンターの違いは?」との素朴な質問があった。
正直、公民館ははっきりとしたイメージはあるが、コミュニティセンターを興味をもってみてきたが、各市、各地域で多種多様な取り組みや形態があり、ひとことで語るのは難しい。

まず、公民館だが、本来は教育施設。社会教育法20条に「市町村その他一定区域内の先日、住民のために、実際生活に即する教育、学術および文化に関する各種の事業を行い、もって住民の教養の向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の増進に寄与することを目的とする」とあり、法律に基づく教育施設であり、敦賀市にある公民館はこれに基づいている。

一方のコミュニティセンターは法律に基づくものではなく、各自治体が条例で設置するなど、歴史的は昭和40年代から始まったようで、公民館からコミュニティセンターに移行する自治体も多いが、そこには法律にはないだけに住民自治という長年の苦労の結晶というのが、今日のコミュニティーセンターとも受け止めている。

公民館だと公民館運営審議会などを設ける必要があり教育委員会の管轄になるので、それを市長部局、たとえば総務部へとの移行する自治体も多いが、教育委員会所管のまま公民館機能とコミュニティーセンター機能を持った自治体もある。これも様々だ。

管理責任も、公民館は、教育委員会であるが、コミュニティセンターだと、首長部局から地元組織への管理委託が多い。いわゆる市民温泉リラポートと同じように指定管理者へ移行する例も多い。

予算も、公民館は、公費の直接支出(議会の審議対象)に対し、コミュニティセンターは、委託金・補助金配分(支出細目は議会の審議対象外)である。ちなみに、コミュニティセンターの役割は、コミュニティ(村、近隣)の社会、文化的生活の中心としての役割を持つ施設。公の会合や、同好会の集まりの場所を提供したり社会的、レクリエーション的、教育的活動の便宜を図ったりする。

地域交流及び、地域文化の発展ならびに地域づくり及びまちづくりのため、すべての市民が自由に利用できる活動拠点と西東京市条例にある。

調べると、東京の三鷹市にその発足の例を見ることができる。三鷹市の面積は16平方キロメートルですが、現在では面積の90%が住宅地域。昭和30年代半ばからのベッドタウン化の進行で、昭和35年に9万人であった人口が10年後には15万人になり、転出者も多いことから、1年間で市民の約3割が入れ替わる。まさに都会の典型的なベットタウンだ。

地域を知らない・関心が薄い市民が急増し、新住民と旧住民の摩擦もみられた。そのような状況の中、防災などの観点からやはりすべての市民が参加できるコミュニティの形成が求められた。そこで今から40年程前、当時の市長がコミュニティ行政というのを始めました。旧来の自治会や町会は残したまま、市民社会を形成するための新しいコミュニティを作っていこうという試み。

三鷹市を更に七つの地域に分割して、それぞれに住民協議会をおき、コミュニティセンターを作り、そして住民協議会にセンターの運営を任せる。当時はコミュニティという言葉も普及していない頃の話だ。当然、そこにはコミュニティーセンター条例があり、施行は昭和49年。

今、粟野地区では住民が主体となって、地域コミュニティに向けた取り組み精力的になされている。これまでになかった敬服すべき取り組みだ。この苦労が当初予算に地域コミュニティモデル事業費として計上されている。

長くなったが、まだまだ緒についたばかりだ。敦賀市全体の取り組みにまだなっていない。コミュニティセンターのイメージも、市長、区長、住民とそれぞれに違うのではないか。粟野地区の取り組みを大事にしながら市民、住民にとって、いまある公民館をもっとより良くするために、時間と住民との対話には時間が必要に思う。
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【2018/06/16】 | ページトップ↑
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