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忘れてはならない…重い話・・・
Date:2009-01-02(Fri)

元旦の気分はなぜか違う。家族がそろう幸せは何にもかえがたい。一日しか違わないのに、元日には新しい年を迎えた感慨が生まれ、一方、昨日と今日の間にも時間の流れがあり、しっかりとつながっている。

敦賀を離れてもライブで映像がネットで入る。雪景色の日本海。夜は夜で衛星が明かりを伝える。灯りはラインとなる。日本の四島は異様に明るい。極端とも言える。韓国も明るい。38度線まで鮮明にわかる。上海を中心とする中国も明るくなってきた。ところが、暗闇の世界がある。北朝鮮だ。

拉致問題の運動を続けて10年になるが、最近は閉そく状態そのもの。情報も入ってこない。それでも、私が理事をつとめる特定失踪者調査会は、北朝鮮向け短波放送「しおかぜ」を繰り返している。資金的な問題もなんとか維持できる。せめても救いは政府内閣府より縄間の山下きよ子さん宛に年末、平成元年に失踪した貢(みつぐ)さんの調査票が届いた。これまで運動を続けても、政府認定を受けた地村夫妻とは違う扱(ほとんど無視に近い)をされていた。これが違ってきたのだ。

現実にしっかり目を向けると、北朝鮮の工作員が上陸浸透に使うための水中スクーターは現在3台が発見されている。ひとつは、福井県美浜町の海岸で平成2年10月に発見されたもの。二つは、富山県黒部川河口で平成13年3月に発見されたもの。そして三つは、同じ平成13年の12月に奄美沖でのいわゆる「九州南西海域における工作船事件」で沈没した工作船に搭載されていたもの。ちなみに、ひとつ目と、二つ目は、福井県警、富山県警に保管されている。

発見された水中スクーターは、平成2(1990)年10月に美浜町松原海岸に工作子船などが漂着した、いわゆる「美浜事件」の折、付近の松林から発見されたもの。注目したいのは、その年代だ。平成2年、平成13年といずれも平成元年失踪の縄間の山下貢さん、平成9年失踪の三方の宮下和也さんとも絡むことが十分に考えられる時期だ。 

調査会には、400人近い方のご家族等が調査依頼を出され、ご家族からの依頼は、切実であり悲痛な叫びでもあります。何よりもご家族には「時間がない」という現実だ。山下きよ子さんは80歳を超え、誰が見ても「時間がない」ということ。これまでは、申し訳ないが、多少運動は控えめでも続けること、風化させないことと頑張ってきたが、最近は、切実に時間がないとの実感だ。北朝鮮の地では今も極寒の中で凍えている人々、同胞がいる。思想信条を超えてこの状況を変えていかなければならない。

高浜虚子の句に、「去年今年貫く棒の如きもの」(こぞことしつらぬくぼうのごときもの)と詠んだ。今年は特に、「棒の如きもの」を握り締めて迎えた新年、の感が強い。

不況の色が濃くなる中で、おせち料理や土鍋などの「家庭だんらん商品」がよく売れている。気分は完全に内向きである。重い話だが、忘れてはいけないものがある。そんな思いを、自分に言い聞かせる・・・。
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