他力本願ではない敦賀市へ・・。
Date:2009-01-05(Mon)

さて三が日も過ぎて、きょうはいつもより一日、遅い仕事始め。多事多難が待つやもしれぬが、一年の計に挑む一歩だ。積み残したことに取り組む再スタートでもある。全国で、年間の売り上げでデパートがコンビニを下回ったとか。

地域のデパートは、地域の顔であると同時に地域のバロメーターになる。敦賀でいえば平和堂がそれにあたるか。かつて、もんじゅ建設の最全盛時、売り上げが一割から二割上がったと店長から聞いたことがある。作業員五千人も人口が増え、当然、消費は増え、ごみの量も増えた。一時的な地域の活性化だ。ただ、その後の落ち込みも大きく、地域のスーパーが数店、店を閉めた。

敦賀3,4号の本格着工となれば、作業員は、全盛時5千人は下らないだろう。それだけ市内の消費は増え、ごみの量も増える。一時的に大きな活性化となる。税収も増え、営業運転ともなれば固定資産税も入る。全国が疲弊する中で、うらやましい存在であることは確かだ。

ただ、私は期待するあまり、先取りは現在は、すべきでないと思っている。確実に着工になり、営業運転を始めれば、その段階で税収は増える。それだけに計画を立てるのはいいが、あてにしての事業は、できるだけ慎むべきと考えている。今は、我慢と辛抱だ。もし遅れがでれば、それだけ財政運営が厳しくなる。それにこの不景気だ。借金など考えずに、まずは現金収入で、それも優先順位で事業を進めていく、姿勢が大事だ。それに計画と議論だ。拙速に計画が拙速に進み過ぎてはいないか。駅舎はどうか、駅周辺は、敦賀の百年の計を決めようとしている。

大事なことは、まちづくりは人ごとじゃない、と住民の肝が据わるかどうかだ。他力本願ではけっして、いいまちづくりはできない。国だ、文部科学省だ、原電だ。原子力機構だと頼るだけでは、いいまちづくりはできない。市民が、自分で考え、議論する姿勢だ。国だより、行政だよりにしないそんな姿勢も大事ではないか。他力本願では決していいまちづくりはできない。

全国の自治体の財政は、小泉政権の三位一体改革でがたついた。国から財源の一部が移ったものの、地方交付税や補助金の削減で差し引き約六兆円の歳入が消えた。物心両面で住民に協力を求める「協働」の掛け声が各地で強まっている。その気運が敦賀は、今ひとつだ。

全国の自治体は、しぼむ一方の財源に加え、人口減や高齢化とのにらめっこが続く。敦賀市は、その傾向にあることは確かだが、敦賀3,4号があるため、事情は大きく違う。それだけ、市民感覚も他力本願になっている。財政の豊かさが、市民の自立を鈍らす。これではけっして良くならないと思う。

全国初の「合併しない」宣言で知られる福島県矢祭町は、役場職員を半分に減らす一方で、行政サービスは向上。窓口業務を年中無休にし、職員の家すべてを役場の出先として、納税や書類届け出の代行も受け付けている。住民がいるから、役場があり、職員がいる。その原点に立ち返ったということではないか。極端だが、市役所の役割は何か、行政の役割は何か、そんな原点を問い直すことから始める。それができなければ、同じことを繰り返す、ハコモノ優先のまちづくりに終始する。そんな気がしてならない。

幸い、議会も変わり始めている。敦賀市議会は改革のテンポが速い。論点が分かりやすい一問一答式の12月の本会議での採用。また、県内初の3月議会から予算決算常任委員会の採用、県内に先駆けて取り組んできた。議員の勉強も必要だ。チェック機能を強め、議会の機能が高まればとも思う。さらに、提案型の議会に脱皮できれば、そんな思いも強い。

市長が、よく語る「行政と議会が両輪」という図式だけでは、もう済まない時代なのではないか。市民が主役ともいうが、その主役が動き出す、「市民と市役所職員、議会」の三輪が協働の推進力となる。そんな時代が形成できれば、他力本願ではない敦賀市が、自立、自律へと向かうのではないか。
【2009/01/05】 | ページトップ↑
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