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チキンラーメンとヒートテックの時代・・・。
Date:2009-01-11(Mon)

昨日は、町内の新年会。敦賀市では成人式と。着々と正月行事が進んでいく。挨拶で新幹線、定額給付金の話があった。6万9千人人口の敦賀市内には約10億円が給付され、各世帯に給付される。使い方として、ひとり1万2千円の給付金を「ラーメンを食べる人は、回るすしを、回るすしを食べる人は回らないすしを、ワンランク上の食を」と訴えた。

確かに、効果は一時的には出ようが、それも何度も行うならいいが、国の財政事情からそんな余裕もない。敦賀市は世帯数が多いだけに全世帯にわたるのに、どれくらいの時間と手間を要するだろう。観点が、違うが、税金を払えるのに未納の世帯まで給付すべきかなど自治体ならではの疑問が出る。

この時代思い出すのが、お湯をかけるだけで食べられる「チキンラーメン」。あれが最初に登場したころ、子供たちの食はまだ貧しかった。そのせいか新奇な魔法に出合ったように、みんな飛びついた。私も学生のころも随分世話になった。寮生活にヤカンのお湯とチキンラーメンだけ。切ない記憶とともにある食の風景だろう。私もそうだが、女房はこれが、いまだに郷愁を感じるらしい。

1958年に発売したチキンラーメンは、一袋35円。翌年には早くも年間6千万食を生産するヒット商品となる。昭和戦後の再建を経て、そろそろ背伸びをしようかというころである。暮らしの変化を見越した卓抜なアイデアは、めん食に革命を起こした。

我々の世代は、屋台のラーメンに群がる世代だ。敦賀にも国道8号線、駅前とかなりの屋台があった。それにトラックが横付けし、ラーメンをすする風景は冬の風物詩だった。発明した安藤さんの造語に「食足世平」とある。食が足りてこそ世の中が平和になるという願いだ。

食ではないが、ひとり好調なのが「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングとか。08年秋に自ら発熱するだけでなく保温性にも優れる発熱保温肌着「ヒートテック」の人気に火がつくと多くの店舗で品切れとなる状態。9日にはシンガポールに東南アジアで初の出店すると、テレビ報道も何度も観た。ユニクロ敦賀店も元気だ。

チキンラーメンもヒートテックも、暮らしの小さな幸せを大きく広げた実践は、国境をも越えていった。元気が出る話しと思う。

昨日の成人式。積雪があり、市内土建業者が出動した。除雪作業は、どの業者にまんべんなく行き渡る公共事業、そんな着実なところから始まった。行政の基本は、派遣村ではないが、困った人を助ける。経済とは「経国済民」と書いたが、そんな時代だ。着実性と地道性、真面目に仕事をするものが、報われるそんなところから、目をむける時代ではないか。地方政治は、今は、暮らしの小さな幸せを守る、その姿勢が大事ではないか。
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