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兼高かおると新ムゼウムのこれから
Date:2019-01-12(Sat)

白黒テレビで子供の頃、日曜日の午前中になんとはなく魅力にとりつかれて観ていたテレビ番組があった。パンナムの旅客機の映像とテーマ音楽が流れてくると、条件反射のように胸が躍った。優雅なナレーションとともに、世界を飛び回るさっそうとした日本女性が映し出されるた。

田舎の四国でいながら未知の国へ。「兼高かおる世界の旅」。異国の様子もさることながら、何よりもまぶしかったのが、案内役の兼高かおるさんだった。おぼろげな記憶だが、リトビアか、リトアニアのバルト三国まで足を兼高さんは足をのばしていたように記憶する。

話は変わるが、東京新聞に「模造「命のビザ」救いの証し リトアニア公文書館が保管」と題してーーー

「命のビザ(査証)」を発給した杉原千畝(ちうね)(一九〇〇~八六年)が領事館を退去して以降も、他の人物が模造する形でビザが発給され続けたことはあまり知られていない。その「模造ビザ」が、リトアニアで保管されていることが分かり、記者が現地で確認した。ユダヤ人らの手による精巧な模造ビザは、杉原の知らないところで計五百通近く作成されたとみられ、数百人が出国を果たした可能性があるという。ーーーという興味深い記事があった。

新ムゼウムの建設もさることながら、「杉原千畝」の研究を進めていく上で学芸員の存在も欠かせない。小さな敦賀市だが中身の充実は大事な要素だ。


話は戻すが兼高かおるさんと言えば、世界の著名人と臆することなく対話したかと思えば、路地や山村の人々の家をアポなしで訪ねて一緒に食事する.ただ単なる旅行番組ではなかった。庶民感覚というか、その国の普通のおばさんの会話も伝えていた。また、その国の背景やら時代の変遷も伝えていた。

訪れた国は150カ国超。出掛ける前に必ずその国の習慣、タブーを聞いた。「違う」ということを認め合う。世界平和を考えるヒントも旅から得たという。新ムゼウムに必要な要素だ。

世界は広いのとどこか平和の尊さを教えてくれた兼高さんのご冥福をお祈りいたします。
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