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選挙を通して「闘う」という気持ちを忘れたら社会全体が劣化する。

Date:2019-04-09(Tue)

統一地方選挙の前半戦が終わりました。市議20年もしていると県内限らず、全国に議員の知り合いが自ずとできる。最近はネットで午後12時近くなるとその当落が判明する。

当選を果たした人もいれば苦杯を舐めた人もいます。開票が気になって昨日はあまり眠れませんでした。いつも自分につながりのある候補者が全員当選してくれれば良いと思うが、さすがになかなかそうはいかない。

20代後半から選挙事務所を手伝い、自分の選挙も含め以後何度となく選挙に携わったものとして、それぞれの選挙の状況や、候補者、支援者の様子もある程度分かる。

思い出深い知事選でが西川知事の一期目、原子力が争点で西川あぶないとの新聞報道が流れ嶺南一円、党派関係なく嶺北に乗り込み、福井市の街頭で「西川頼む」とのささやき作戦や電話作戦と、一挙に流れが変わったこともあった。

議会制民主主義というのはある意味矛盾だらけのものであり、説明のつかない論理がまかり通ったり、一般市民には理解不明なこともある。

今回の選挙は越前選挙区のように無投票当選が増えた。私が語るのも変だが選挙はどこでも大変ですから、地方議員は真面目に取り組む人にとっては労多くして得るものは少なく、なり手が少なくなるのも頷ける。

あるいは日本社会全体の活力が低下して「無駄な労力は使わない方が良い」となっているのかもしれない。そうであれば危機的な状況とも言えるのではないか。敦賀市議会選挙もいま選挙がないとの話が巷の噂になっている。ある意味、劣化というより活力がない証明とも語った方もいた。

それでも地方行政のチェック機関としての議会は小さなものではない。

特に人口減少が進む地方で国の機能が働かない地方において特色ある政策でわずかだが人口増加をはかった自治体もある。

ともかく選挙を通して「闘う」という気持ちを忘れたら社会全体が劣化する。主義主張に関係なく、今回選挙に出られた皆さんに敬意を表するとともに議員バッジを付けても付けなくても、今後の御活躍に期待したい。

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