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福島県大熊町の一部、避難指示解除

Date:2019-04-010(Wed)

福島の事故で全町民約1万人が避難している福島県大熊町の避難指示について、、帰還困難区域以外の避難指示を今日10日に解除する。

事故前、仕事の関係で何度か、宿泊した場所でもある。懐かしくもあるが、どこかに後ろめたさもある大熊町だ。

事故から8年を経て、第一原発立地自治体の避難指示が初めて解除される。大熊町の渡辺利綱町長は、越前市のあるフォーラムでお会いし懇談させていただいた。「原子力発電にいまも反対しているわけではないが、この現実は厳しすぎる。事故前も事故後も生活基盤は原子力発電所にあり切っても切れない」と。

町は現在、新庁舎を建設中で、4月14日に開庁式を行い、5月7日から一般業務を再開する予定。避難指示解除後、帰還住民約500人に加え、東電社員ら新住民約900人を主に大川原地区に呼び込む計画を描くとか。

また、帰還困難区域に指定されている町中心部は特定復興再生拠点として除染・整備を進めており、町は2022年春の避難指示解除を目指す。

町内では第一原発の廃炉作業が続くほか、除染で出た汚染土を保管する中間貯蔵施設の建設も進んでおり、昨年、町などが実施した住民意向調査(速報版)では「戻りたい」が約1割、「戻らない」が約6割と。厳しい現実が待ち受けている。

ところで、戦時中、旧日本軍が飛行場を築いた。土地収用で住民は退去を求められ、造成工事に動員された。戦況が悪化すると特攻訓練の練習機が配備され、上空を舞った。思えば、大熊町の人々は、時々の国策に協力してきた。

日経の昨日のコラムで最後に「全町避難が続く同町で、初めて一部地域の避難指示が解除される。復興に向け、一歩を踏み出す。だが、町立幼稚園、小中学校は、会津若松市に避難したままだ。子供たちの声が響く日常は、まだ見通せない。」と。事故から8年、忘れてはならない現実と教訓だ。
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