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1968年9月に原型炉予備設計を開始して以来、数多くの人々が手がけた大プロジェクト
Date:2010-02-12(Fri)

夜行列車は若いときに何度か乗ったせいか、最近は趣味的に旅情を味合うように乗っている。東海道の急行「銀河」は十代の頃は、一人旅に会社に入ってからは、出張にと意識的に利用した。

ここまで書き進めたのも、以前は福井と上野を結んでいた急行「能登」が、金沢発となり、今年3月で姿を消すこととなった。寝台特急「北陸」も同じだ。最近では、「北陸」と「能登」のツーショットを取ろうと午後10時過ぎには金沢駅にマニアが集まるとか。混まないうちに、3月までに一度、乗ってみようと思っている。

急行『能登』は、平和堂で上映された松本清張の「ゼロの焦点」にも登場した。金沢の親戚は、旅行や帰省に重宝し、お盆や年末年始には必ずといっていいほど利用したとか。急行「能登」は、運転席前方が大きく出っ張っている「ボンネット型」の定期運行されている唯一の車両だとか。これまで安全運行に多くの国鉄マンが関わったことか、考え深いものがある。

乗客はただ、ノスタルジーにしたればいい。夜行列車の車窓から見える田舎の夜の暗さと灯りは格別な味わいがある。若いときにみた船から見る明かりとも共通する哀愁というか、旅愁ともいうべきものか、私もいい歳になったのか。

ところで、ニユースによると高速増殖炉「もんじゅ」の3月末までの運転再開を目指して日本原子力研究開発機構は、県と敦賀市に対し早ければ来週中にも再開に向けた協議を申し入れる方針とか。

国の原子力安全・保安院は、一昨日、東京で開かれた専門家による検討会で、高速増殖炉「もんじゅ」の安全性が確認され、再開に問題はない、との結論をまとめた。国で行われている耐震性の議論とあわせ、14年に及ぶ石橋をたたいての長い道のりだったと思う。22日から始まる県議会の議論、24日から始まる市議会の議論が再開への焦点となる。

ナトリウム事故当時、もんじゅの設計から運転まで手がけた先輩も運手員であった方も、三菱、日立や東芝の技術者も、何年も前に職場を去っている。また、亡くなった方もいる。1968年9月に原型炉予備設計を開始して以来、数十年に及ぶ大プロジェクトだけに、これまでに技術者をはじめ数多くの方が、もんじゅに携わった。それだけに、安全第一に成功させて欲しい。ノスタルジーに浸る暇はない。これからが正念場だ。
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