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二枚腰、三枚腰の工夫がほしい敦賀・・。
Date:2010-02-22(Mon)

懐かしいというか、どこか自分とも重ねた部分もあり、どにでもいそうなおっさんだが、私に焼き付いている役者が藤田まことさんだった。小学生の頃、テレビをつけると「てなもんや−」の放送。開始は1962年というから、ちょうど10歳の頃だ。「当たり前田のクラッカー」といったギャグは頭に染みついている。確か、その後、視聴率が低迷し、番組が打ち切られると、藤田さんは地方のキャバレー回りに出ていた。

私が神戸の夜の街でアルバイトをしていたときに藤田さんをまじかに見させていただいた。歌手と司会を兼ねて観客を魅了していた。絶妙の笑いを誘うタイミングは、キャバレーという世界でも絶品で、歌も歌手以上にうまかったように思う。背の高さとタキシードが似合っていた。何か違う役者を藤田さんに感じたものだ。

定かではないが、身内の借金も背負いこみ、人生の酸いも甘いもかみ分けて、背中の演技で勝負する。そんな本物の「仕事人」だったように思う。勤め先の奉行所に行けば「昼あんどん」とバカにされ、家に帰れば嫁やしゅうとめにいびられる。この部分は、当時、境遇が似ていただけに、自分の身に置き換えて楽しくみていた。

その裏で、裏の顔はすご腕の殺し屋として悪人どもをクールに切り捨てる。「必殺仕置人」の主人公・中村主水は頼もしかった。この二面性は、よかった。もとろん、「はぐれ刑事純情派」では、ペーソスと人情味あふれる渋い役も絶妙だった。

話を飛ばす。これも残念というか、再度、書くが、本州の宇野(岡山県玉野市)と四国の高松を結ぶ「宇高航路」が廃止される。高松市の国道フェリー、四国フェリーの就航2社が撤退を決めた。瀬戸大橋の開通と高速道路の割引や景気低迷で、経営環境の改善が見込めないためで、廃止は3月26日の予定。1910年、旧国鉄による宇高連絡船の運航開始以来、四国と本州を結んだ直通航路は、100周年の年に力尽きた。これも大学の造船実習で三井造船玉野に3カ月、この国道フェリーで通ったことがある。

わずか一時間の航路だが、藤田さんのように、苦しいながらも、経営改善、工夫、料金見直し、サービス向上と工夫を重ね生き延びてきた。1日計100往復を運航していた。だが、燃料費高騰に加え、昨春から始まった高速道路の「千円乗り放題」が、経営にとどめを刺した。土、日、祝日の高速道路料金を引き下げたのは、前の自民、公明連立政権である。「100年に1度の不況」を受けた経済対策だったが、一方では衆院選を控え、高速道路の全面無料化を公約に掲げた民主党への対抗策でもあった。

現在、鳩山政権は、高速道無料化政策を大幅に後退させたが、敦賀にも、フェリーやJR西日本も苦しんでいる。苦しむ分野への政策的配慮も欠かせまい。大きな改革の際、特定の人々に負担を押しつけないセーフティーネット(安全網)を設けるのは当然だ。「千円乗り放題」の政策に、そんな視点はなかったのだろうか。これから改革を進めるという鳩山政権にも、同じことが言える。

一方で、敦賀市でも工夫も必要だ。観光を受け入れるなら市内の駐車場は、そろうようでそろっていない。舞鶴若狭自動車の敦賀接続での素通りをどう防ぐか、逆にどうこれを利用するかだ。粟野のスマートインターの具現化もその一つだが、大阪、神戸からの高速バスのJR敦賀駅発着もその一つだ。

もうひとつは、直流化事業化、当時、関空特急「はるか」のJR敦賀駅発着も発案されていた。今、関空からの京都発着と一日一回の米原発着も北陸からの客も多い。今一度、考えてもいい案と思う。藤田まことさんではないが、二枚腰、三枚腰で人生を歩んだ役者だましいは参考になる。それほど地方は厳しい時代だ。その粘り強さが敦賀にもほしい。
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