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野中広務の「昭和世代からの遺言」
Date:2010-03-04(Thr)

昨日は代表質問の通告締切日午後、質問の趣旨や内容を市の職員にできるだけ詳しく説明する。職員が現場での苦労もこの時に聞かせてくれる。率直な市民の声を反映するのも議員の務めだが、現場の実態を知っての発言も大事になる。

夕方、観光ホテルで敦賀政経懇話会での講演。野中広務元官房長官の「昭和世代からの遺言」と重い題材だが、あっという間に1時間半が過ぎた。西川知事も野中氏の講演とあって、挨拶に駆け付けていた。

私がよく思い出す言葉に、米国の1800年代の牧師で奴隷制度の撤廃などを訴えたジェームズ・クラークの「政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える」と。政治家のあるべき姿を表現した言葉だ。

この言葉を地で行くように、野中氏は、青年団活動を皮切りに、町議会議員から官房長官まで登りつめた政治家だ。当選することだけ、自分の利益ばかり考えて行動するのは政治屋とはまったく違い、国家や国民の将来のことを考えて政治を行うものが政治家という活動を、政治家を退いても続けている。党派の違いはあるが、自らの戦争体験を通じて、一貫して「戦争反対」言い続けた政治家でもある。

エピソードで、共産党の機関紙の赤旗のインタビューでも応え、平和について語り、このインタビューについて朝日新聞に「政治の最大の役割は戦争をしないこと。『戦争反対』であれば、どんなインタビューでも受けますよ」と答えている。気骨のある、言葉の重みが伝わってくる政治家ともいえる。講演でも自民党でありながら、小泉批判を繰り返していた。現在、85歳の高齢だが、1時間半もぶっとうしで講演を続けた。体力、気力もまだまだ現役だ。

講演の後、懇親会で野中氏の秘書と隣り合わせになった。現在の野中氏の精力的な活動が伝わってきた。社会福祉法人の理事長も務め、「9条の会」などの戦争反対の集会にも党派を超え、場所を問わず、85歳の現在も使命感のように、講演を続けているとか。

私も印象に残る野中氏の言動で、1999年9月30日に発生した東海村JCO臨界事故の際には内閣官房長官として事故対応の指揮を執った。内閣総理大臣官邸に事故状況の報告に来た、当時の科学技術庁(当時)の幹部がおろおろして事故現況の報告に詰まると、野中氏は「とにかく現場へ行きなさい。 現場を見て、その状況を報告しないことにはこちらも対策を講じられないではないか」と激怒したことは有名な逸話だ。町議からたたき上げの現場主義。戦争体験も現場を知ったものの言葉だ。

今の民主党で象徴的なのが、小沢一郎幹事長が同党の1年生議員の研修で「次の選挙に勝つことが君らの使命」と発言したことには、事業仕分けなどの政府の活動、国会活動よりも選挙で再選されることの方が大事なのかと、確かにそうだが、それを公然と言ってのける小沢幹事長も偉いとも言えるが、1年生と言え、衆議には衆議の仕事がある。私も今でもこの対応に疑問を思っている。すぐれた政策でも選挙で当選しなければ実現は難しい。現実と理想は違うといいながら、選挙に勝つためだけの政治屋か、未来を語れる真の政治家か。野中広務氏の話を聞きながら、自らにも肝に銘じている。
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