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竜馬、松陰・・・・もんじゅ再開・・・。
Date:2010-05-07(Fri)

NHKの竜馬伝の人気で高知市はもちろん、関連する観光地はどこも賑わったようだ。まったく関係のないと思われる北海道の函館でも龍馬と結び付けている。商魂たくましいと言えば、それまでだが・・。龍馬が志士として活躍した5年間と短いが、鹿児島、長崎、山口、高知、京都、福井、江戸と距離にして2万キロ、ほぼ地球半周分、動き回ったことになるとか。福井市もそのひとつでもある。福井の県立博物館で文書の松平春嶽との交流も興味深い。めまぐるしく国内を動き回っただけに、観光地にこと欠かない。

龍馬を30年以上、研究というか趣味としている友人がいる。全国の龍馬愛好家と交流しながら、全国をくまなく歩いている話を聞くとほんとに楽しそうである。竜馬の足跡を仕事の合間に趣味的に尋ねるだけでも10年以上かかるとか。30年でも足らないらしい。不明な点も多く、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の小説と違うところ、違う竜馬像を見出した時は楽しくてしかたがないとか。

私も龍馬フャンだが、各地を旅するたびに、尋ねるようにしている。坂本龍馬は自ら足を運んだ出会いが学問の場だったようにも感じる。神戸での操船技術を学ぶなど、まさに実践的な学びだったに違いない。まさに百聞は一見にしかずだ。勝海舟、横井小楠、時代を動かす知識や考え方を耳学で吸収したようにも思う。

龍馬とは離れるが、山口県萩市の松下村塾の跡を訪ねたことがある。竜馬の動きとは逆に、小さな、質素な場所で、しかも物置を改造した建物で、そこから、多くの明治維新の担い手が育った。名前を聞くだけでも、その凄さがわかる。塾で教えたのは2年あまり。日本は欧米列強から開国を迫られ、激動期を迎えていただけに、時代を動かす思想や情熱が伝わるのに、場所の大小は関係がなかった。

大小にかかわらず、龍馬と松陰の共通点として、龍馬は黒船を見に、松陰は黒船に乗り込もうとする。押し寄せる列強の姿を見ようと、現場で実際に物を見て考えたのも2人の共通点だ。

またまた長くなったが、持ち続けたいのは場所、時間を問わず、情熱だということだ。昨日は、なんといっても敦賀にとっても歴史的な日になるだろう。

資源の少ない日本にとって、燃やした以上に燃料を生み出す高速増殖炉は「本命の原子炉」として建設だったが、事故から14年以上たちながらも、「もんじゅ」を再開にこぎつけた。職員はもとより、政府関係者、自治体関係者や住民、市民の結果でもある。

もんじゅの再開は、ひとつの登竜門に過ぎないが、ここまでの過程が大変だったことは、職員はもとより、市民にとっても同様だ。昨日は、敦賀の名前が早朝より全国を飛び交った。もんじゅの先行きは、雇用はもとより、敦賀市の発展とも密接に関係する。それだけに、安全が大優先に変わりがない。
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