6月は日本サッカーにとって歴史的な月。一方で環境月間でもある。
Date:2010-06-15(Tue)

深夜のカメルーン戦。眠いながらもハラハラドキドキのシーンの連続。サッカーは一瞬に決まるだけに目が離せないスポーツ。ドイツ、ロシアと渡り歩き、成長を続ける24歳の本田のシュートは感動ものだった。

日本のサッカー界の歴史で「6月」は節目とか。国内初のリーグ戦の日本リーグが誕生したのは1965年6月6日。そのリーグ戦も92年に廃止され、Jリーグと下部組織のジャパンフットボールリーグ(JFL)となった。10年後の2002年6月には悲願であったW杯を日韓両国で開催。昨年6月6日に日本は世界最速で4大会連続4回目のW杯出場を決めた。まさに6月は縁起のいい月だ。

W杯4回目のやっと初戦を勝ち取った。「6月」は歴史的な何かがきっと起きると思いたくなる初戦の勝利。いまひとつ盛り上がりに欠けたW杯が活気つく。この6月に期待したい。

古い話で申し訳ないが、6月と言えば、傘。子どもの頃、傘は格好の遊び道具。ちゃんばらごっこの刀に、野球のバットにも変わった。当然、痛みは速いが、父は何度も直してくれて使っていたのを思い出す。継ぎはぎだらけのズボンや上着を身に着けていたが当たり前だった。50年前はまだ、徹底して使い込み物を大切にする社会だったような気がする。徹底して使い、その後はぞうきんにリサイクル。リサイクルが生活の中に当然のように不思議とも思わなかった。

よく江戸時代は循環型社会と言われるが、50年前もリサイクル社会だったように思う。四国の田舎でも、捨てるような物でも修理し、古物の下取りをする職人がいた。小さいながらも修理・再生や回収専門業者もいた。今とは違って、こじんまりとしたリサイクルは立派な産業だった。衣類を例にとると、浴衣は古くなると赤ちゃんのおむつに、さらにぞうきん、燃料にと使ってその灰を畑に返し肥料とした。それが高度成長で、大量生産、大量消費と変わった。傘は使い捨ての時代になったかのようにも感じる。

冒頭の歴史的な6月と書いたが、6月は環境月間である。大量生産、大量消費時代が幕を閉じ、忘れかけていた「もったいない」の精神が浸透しつつある。

昨日が議会の一般質問。敦賀市リサイクル基本計画について聞いた。この3年間でも相当進んだが、目標値まで到達していない。目標が高いのか、達成する工夫が足らないのか、なかでも新聞などの古紙回収を徹底すれば、飛躍的にリサイクル率は上がるはずだ。これにも市民の協力なしでは進まないのも確かだ。

市民の協力による回収によるリサイクル率アップ、清掃センターの焼却炉の延命化、機器の維持管理、そして赤崎の最終処分場の延命化とトータル・パッケージとした難しい課題がつきまとう。技術やコストパフォーマンスの検討が必要なことは言うまでもない。それだけにこの分野にも専門家が必要だ。「検討します」の連続だったが、自治体として市税と絡むだけに、ごみ問題は最重要課題のひとつとして、今後も取り組みたい課題でもある。
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